皆さん、こんにちは。
静岡県の「就労継続支援A型事業所」に通う筆者です。
ヘルプマークをめぐる話題がSNSやニュース記事で注目されています。若い世代の一部でヘルプマークが「お守り」や「仲間意識」のように受け止められているとの事。
リベラルで多様性のある世の中。
最初に書いておきたいのは、この記事はその若い人たちを否定するためのものではない、
ということです。
不安がある。
孤独感がある。
誰かとつながっていたい。
そういう気持ちは、誰しもが持ち得るものだと筆者は思うからです。
一方で、ヘルプマークには本来の役割もあります。
今回の話題を「若者が悪い」という方向だけで終わらせるのではなく、ヘルプマークの意味や、当事者が感じる不安について考えるきっかけになればと思います。
※本記事はこちらのニュースを参考に制作されています。
ヘルプマークってそもそも何?
ヘルプマークは外見からは分からなくても、援助や配慮を必要としている人が周囲にそのことを知らせるためのマークです。
厚生労働省の説明では、義足や人工関節を使用している人、内部障害や難病の人、妊娠初期の人など、外見だけでは事情が分かりにくい人が、周囲に配慮の必要性を伝えるために作成されたものとされています。

ヘルプマークは「見た目で分からない困りごと」を伝えるためのサインです。
病名や事情を、その場で説明できるとは限りません。
体調が悪いとき、混雑した場所にいるとき、声を出す余裕がないときもあります。
そういうときに、ヘルプマークがあることで、周囲に「この人には何かしらの配慮が必要かもしれない」と気づいてもらいやすくなります。
例えば、電車やバスで席を譲る。困っていそうなら声をかける等、そうした小さな配慮につなげるためのマークです。

ヘルプマークを付けてる方をお見かけした際は、ほんの少し気にかけて頂けると幸いですなも!

皆様のご配慮のほど、どうぞよろしくお願い致しますなも。
静岡県のA型就労事業所に通う筆者として、今回の話題に感じたこと
筆者自身も、A型就労事業所に利用している「障がい者」です。
今回の話題を見ていて、筆者は当事者である若い人たちを否定する気持ちにはなれませんでした。
ヘルプマークを「お守り」のように感じたり、同じような不安を抱える仲間の印のように使うのは、本来の用途とは異なります。
しかしそこには、本人たちなりの不安や孤独、漠然とした「生きづらさ」のようなものがありました。
誰かに分かってほしい。
ひとりだと思いたくない。
自分と同じような気持ちを抱えている人とつながりたい。
そういう気持ちは、決して揶揄されるものではありません。
ただ一方で、ヘルプマークは外見からは分かりにくい障がいや病気、体調の不安などを抱える人が、周囲に配慮を求めるための大切なサイン。
それを身に着けるまでに、悩んだり、怖さを感じたりする人もいます。
「変な目で見られないかな…」
「本当に必要かって疑われないかな…」
「周りからなんて思われるかな…」
そういう不安を抱えながら、それでも必要だから持っている人がいます。
筆者もそのうちの一人です。筆者に至っては、「変な目で見られたくない」という理由で障害者手帳を持つことすらも拒否した時期がありました。
ニュースになった若い人たちが求めているのは、「同じ不安を分かち合える仲間」
一方で、ヘルプマークを必要としている人が求めているのは、「困ったときに配慮してくれる人」です。
どちらも、根っこの部分には「分かってほしい」「ひとりにしないでほしい」というような気持ちがあると、筆者は思います。
診断書がなくてもヘルプマークはつけれる?
ヘルプマークは「病名等を診断された診断書がある人だけが使うもの」と単純に言い切れるものではありません。
厚生労働省はヘルプマークは対象の人、または家族や支援者などの代理人からの口頭による申し出で配布されると説明されています。
今回のニュースでも東京都福祉局の方が「ヘルプマークは医師の診断がなければ着用できないといった制限はありません」という趣旨の回答をしています。

診断書がないとヘルプマークがつけられない…という事はないなも!

ヘルプマークの着用に関して明確な制限はないなも!もし、日常生活や公共の場で心配事や配慮してほしいことがある方は、ヘルプマークの着用もご検討下さいなも!
(なお、ヘルプマークの配布については各都道府県で異なります。お住まいの地域の市役所、区役所のホームページ等をご確認ください)
ヘルプマークは“優遇されるためのもの”ではない
また、ヘルプマークを持っている方にも気を付けて頂きたいことがあります。
ヘルプマークは、何かを優先してもらうための「特別な札」ではありません。あくまで、配慮や援助が必要なことを周囲に知らせるためのものです。
もちろん、電車やバスの中で席を譲ってもらえたら助かる人がいます。困っているときに声をかけてもらえたら安心できる人がいます。
でもそれは周囲の理解と思いやりがあってこそ「譲り合い」という形で成立します。
「ヘルプマークを持っているから譲ってもらって当然」「配慮してもらって当然」という事ではありません。

「譲ってくれてありがとう」「配慮してくれてありがとう」気持ちと一緒に、感謝の言葉も伝えれば、譲った人もきっと気持ちよく過ごせるはずなも!

話すのが難しい時は一言「ありがとう」って言うだけでも、きっと相手に気持ちは伝わるなも!
まとめ:大切なのは、誰かを責めることではなく意味を守ること
今回の話題は、単に「良い」「悪い」で分けられるものではないと思います。
当事者である若い人たちが抱える不安や孤独を否定されることはあってはならないと思います。
ですが、ヘルプマークは本来、外見から分かりにくい障がいや病気がある人が、周囲に配慮を伝えるための大切なサインなのも事実。
ヘルプマークの本来の意味が歪曲され、不当な差別を受けてしまうのが筆者は一番怖く感じました。
求めているものは、どちらも「分かってほしい」という気持ちのはず。
必要な人が安心して使えるように、この記事が少しでも何かのきっかけになってくれれば幸いです。
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ここまで記事を読んでくれてありがとうなも!

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